TOP>ANK免疫療法とは>よくある質問>NK細胞ががん細胞を認識するメカニズムをもっと詳しく知りたい
がん細胞は外敵ではなく、本人の細胞です。
本人の正常細胞と同じ物質でできています。
NK細胞はそれをどうやって、見分けるのでしょうか?
人体から採りだした「野生型」のNK細胞を強く刺激して活性を高めれば、どのようながん細胞でも傷害すると考えられています。
研究用など特殊な選別を受けたNK細胞や活性が低いNK細胞は傷害しないがん細胞が多く存在しますが、高い活性の野生型のNK細胞が傷害しないがん細胞の報告は見当たりません。
また正常細胞は攻撃しないと考えられています。
T細胞の場合は正常細胞を激しく攻撃することがあり様々な自己免疫疾患を発症させますが、NK細胞は正確にがん細胞と正常細胞を見分ける能力をもつのが大きな特徴です。
では、どうやって見分けているのでしょうか。
活性が高い野生型のNK細胞の表面には数十種類のセンサーが大量に発現しています。
例えば、あるセンサーが認識する標的物質を●で表わします。
がん細胞の方が多く発現しているようですが、●が少ないがん細胞もあり、正常細胞の中にも同じ物質を発現しているものがいます。
この●が発現しているか否かだけで、がん細胞と正常細胞を見分けることはできないようです。
もし●を標的とする薬を投与すると、正常細胞も薬によるダメージを受けることになります。
ではNK細胞のセンサーが認識する少し構造が異なる標的物質である▲や■の発現状況をみてみましょう。
個々のがん細胞が発現する物質の量は様々でも赤系統の物質を合計するとがん細胞は「多く」発現しており、正常細胞も個々の細胞がどの物質を発現するかはまちまちでも同じ系統の物質の発現量の合計は、がん細胞よりも「少ない」傾向がみられます。
NK細胞がもつセンサーが認識する標的物質のうち、別系統のものを緑色で表わします。
●▲■それぞれの物質を個別にみるとがん細胞ごとに発現したりしなかったりしますが、緑色系統のどれかという目でみると、がん細胞は緑色の物質合計では「多く」発現しており、正常細胞も個々のばらつきはあっても緑色の物質合計の発現量は「少なく」なっています。
ここまでを整理しますと、ひとつずつの物質に拘ってしまうと、がん細胞も正常細胞も発現していたり、いなかったりと、区別がつかなくなってしまいますが、赤系統合計、緑系統合計とみていくと明らかにがん細胞の方が多く発現し、正常細胞では発現量が少なくなっています。
複数の物質を複数のセンサーでみることが重要ということです。
では全く別系統の青色で表わす表面物質をみてみましょう。がん細胞と正常細胞とで大きな違いは見られません。
NK細胞はなぜ両者にそれほど差のない標的物質を認識するセンサーをもつのでしょうか。
ここまでで登場した赤い色の物質を認識するセンサーと緑色の物質を認識するセンサーは、KARと呼ばれるものです。
KARセンサーは標的物質を認識すると「攻撃すべき」というプラスの信号を発信します。
一方、KIRと呼ばれるセンサーも何種類か知られており、こちらは標的物資を認識すると「攻撃するな」というマイナスの信号を発信します。
ここでは青色で表わした標的物質を認識するのがKIRです。
KARの攻撃信号だけで実際に標的細胞を傷害するかしないかを決定すると、問題が起こります。
正常細胞の中にもそれなりにKARが認識する標的物質を発現するものがいるからです。するとNK細胞がこの正常細胞を誤爆してしまいます。
逆に誤爆を防ぐために、KARセンサー群が非常に強い攻撃信号を捉えた時だけ標的細胞を傷害することになると、今度は、信号が弱いがん細胞を撃ち漏らす可能性が高くなります。
そこでKIRセンサー群が捉える攻撃抑制信号、マイナス信号を活用することが重要になります。
最終的に、KARとKIRの信号はどのように処理されるのでしょうか。
もう一度、がん細胞と正常細胞の絵をみてみましょう。
赤と緑の標的1個あたり「+1」ポイントとして合計します。
赤と緑の両方が多いとそれだけ「がん細胞らしく見える」傾向があります。
ここでは、赤と緑の両方が多いために赤と緑の結合が起こるとし、両者のペアが一つ存在する毎にボーナスポイントとして、「+10」ポイントを加算します。
青の標的1個あたり「-1」ポイントと数えます。
がん細胞と正常細胞、上から順番に
(赤の個数 +緑の個数 +赤・緑ボーナス -青の個数)
を計算すると・・・
がん細胞1 10+3+10-3 = +20
がん細胞2 6+8+10-5 = +19
がん細胞3 10+6+20-5 = +31
正常細胞1 1+1+0-3 = -1
正常細胞2 2+1+0-5 = -2
正常細胞3 2+2+0-5 = -1
がん細胞はいずれも大きなプラスとなり正常細胞はすべてマイナスとなり、明確にがん細胞と正常細胞が分かれています。
がん細胞にも正常細胞にもどちらにも発現している物質や、一見、両者の発現量に差がないような物質であっても、複数の組み合わせを総合評価すると、はっきりとがん細胞と正常細胞を分けることができ、がん細胞だけを狙い撃ちで攻撃することができます。
特にプラスの信号を送るKARとマイナスの信号を送るKIRの両系統を組み合わせることが正常細胞への誤爆を防ぐ重要な鍵になります。
ここでは赤で表わしましたが、KARには、主に糖が鎖状に連なった糖鎖構造を認識する系統のグループと緑で表わしましたが、主にアミノ酸が並んだペプチド構造を認識する系統のグループがあります。
糖鎖もペプチドも両方を認識するのがNK細胞の特徴です。
細胞表面に突き出している物質は主に糖鎖構造であり、細胞認識においてはペプチドよりも糖鎖が目につきます。
実際、ヒトの細胞表面物質やがん細胞などをマウスに投与して得られる抗体の多くは、糖鎖を認識するものです。
代表的な腫瘍マーカーであるCA19-9も糖鎖構造を認識する抗体を誘導するもので、その後爆発的に開発された腫瘍マーカーの多くが糖鎖構造を認識するものとなっています。
T細胞が標的細胞を傷害する際に用いるセンサーは主にペプチド構造を認識するものですので、T細胞の場合はほとんど認識できないがん細胞が数多く存在します。
なお、青色で表わしたKIRが認識する標的物質の中にはMHCクラスIというものが含まれます。
NK細胞がもつセンサーの組み合わせや量的なバランスは全てが同じなのではなく、野生型のNK細胞集団はセンサーの発現のバランス等によりいくつかのサブグループに分けられます。
NK細胞の中にはMHCクラスIを認識するとマイナスの信号を発するKIRセンサーをもつものがおり、もたないものもいます。
研究目的や、治療目的であっても過酷な条件で選別を受けたNK細胞は野生型に含まれていた多くのサブグループが消滅ないし極端に減少し、多くの場合、KARの多くを発現しておらず、かつMHCクラスIを認識するKIRをもつものが生き残り増殖してきます。
たとえばフィーダー細胞といいますが大量の異常細胞と一緒に培養すると、多くの野生型NK細胞やT細胞が死滅する中で、あまり戦闘に参加しないNK細胞が生き残るのです。
こうした選別を受けたNK細胞を研究に用いるためNK細胞はMHCクラスIを発現するがん細胞を攻撃しないという誤解が生まれています。
また、こうした特殊な環境で選別を受けたNK細胞を実際のがん治療に用いても、治療効果が現われないことが報告されています。
なお、T細胞の一部にがん細胞やウイルス感染細胞あるいは正常細胞を攻撃するCTLと呼ばれる標的細胞を傷害するタイプのT細胞が存在しますが、CTLが標的認識に用いるセンサーは1系統しかなく、この絵でいえば、青色の標的物質のうちのごく一部MHCクラスIを認識し、更に自分がもつ微細な型と標的細胞表面のMHCクラスIに刻まれた微細な型が一致する場合に標的細胞を攻撃します。
この型は数百億種類もあると考えられ個々のCTLも、個々の標的細胞も各々一つの型だけをもちます。
そのため、CTLをがん治療に用いるには、この微細な型を合わせたものだけを大量培養する必要があります。