樹状細胞ワクチン療法という言い方もあります。実態は、樹状細胞療法です。「ワクチン」という名称は、一般人にも馴染があるため、様々な免疫療法に、ワクチンという言葉をつける風潮があります。
もちろん、ワクチンとは、感染症予防に用いるものであり、予防措置法をはじめ、特別な法令に則って実施するものであって、がん治療に「本物の」ワクチンは使えません。あくまでニックネームのようなものです。
単独でだめなら何かを混ぜてみよう
ただ、樹状細胞ワクチン療法という名称で呼ばれるものは、多くは、樹状細胞を患者さんの体内に戻す前に、何らかの物質を培養中に投与しているケースが多いです。
樹状細胞単独投与は、効果がないことが、米国を中心に多くの治験で確認されていますので、では、何かを混ぜればどうか、ということです。
一般に、「がん抗原物質」とされるものを樹状細胞に与えるため、ワクチンのようなイメージがある、ということのようです。
がん特異抗原物質は見つからない
問題は、がん抗原物質という便利なものは見つかっていないことです。がん細胞表面に存在する物質は、正常細胞にも存在し、「がん抗原」というのは、あくまで、様々な物質群の「並び方」とか、「分布パターン」が、がん細胞に特徴的である、つまり、がん細胞に特徴的な「模様」とか「顔つき」になっていることを、「がん抗原」や、「がんの抗原性」と呼ぶのであって、特定の単一物質で、がん細胞の目印になる「がん細胞特異物質」というものは、見つかっていません。
WT1というたんぱく質は有名ですが、一部の研究者が、がん特異物質であると主張する様々な物質や、誘導体が、がん抗原として、使われていますが、いずれも、正常細胞にも存在するものです。
WT1などを分解したペプチド(アミノ酸が数個つながったもの)WT1ペプチドなどを、樹状細胞に与えるのですが、こういうことでは、実際に、がん細胞を傷害するCTLは増えてきません。
研究者が、特定のペプチドに特異的に反応するCTLを誘導した、と言う場合、特定のペプチドに、確かに反応はしているのですが、免疫刺激物質であるガンマ・インターフェロンを放出する、といった反応のことを言っており、実際に、がん細胞を攻撃することは確認できないのです。
徹底して探しても見つからないがん細胞特異抗原
がん細胞を、片っ端からマウスに投与して抗体をとり、がん細胞に特異的に結合する抗体を探す試みは、1970年ころには、既に活発に行われていました。そこから、後に、腫瘍マーカーや、分子標的薬の候補となった抗体もとられています。
ところが、100種類近く実用化された腫瘍マーカーは、いずれもがん細胞にも正常細胞にも、どちらにも発現している物質を認識するものでした。
細胞表面たんぱく質は、400種類ほど。すべてが徹底的に調べられ、表面たんぱく質をつくる可能性がある遺伝子も徹底的に調べられ、抗体もつくられ、あらゆる検証を行った結果、がん細胞特有のものは見つかりませんでした。
がん遺伝子というのは、正常細胞の内部でも活動しています。
がん細胞と正常細胞では、活動のレベルが、数%~十数%異なる、というレベルの違いの積み重ねが、がん細胞と正常細胞を分けていくことになります。
がん細胞の遺伝子は不安定であり、正常細胞には見られない変異した遺伝子が見つかることは少なくありません。かといって、「隣のがん細胞にはない」とか、よく探せば「他の正常細胞にもみられた」など、必ずしもがん細胞特異的とは言えず、診断や治療の実用に使えるレベルの明確な信号になるものは見つかっていません。
がん特異抗原は研究者の永年の夢です。
しかしそれは、永遠の夢なのかもしれません。
単純な物質で複雑な生き物をコントロールできない
「生き物」の反応は複雑です。アミノ酸をつないだペプチドという単純な物質を与えただけで、がん細胞を攻撃する免疫細胞が動員できれば、簡便に、多くのがん患者さんを救う治療になるかもしれませんので、研究者は諦めないのですが、残念ながら、そのような単純な物質だけで、がん細胞の信号にはならないようです。
免疫細胞療法の原点を忘れたのでしょうか
ペプチドのような単純な物質を、がん患者さんの体内に投与する「がんワクチン」と呼ばれるものの治験が繰り返し行われ、効果が確認できず、今度は、同様の物質を、体外で樹状細胞に与えてから、樹状細胞を体内に戻す樹状細胞ワクチン療法が行われていますが、体外培養の段階ですでに、実際に、がん細胞を傷害するCTLを誘導できません。
ましてや、がん患者さんの体内は、非常に強い免疫抑制がかかっています。だからこそ、免疫抑制の影響が及ばない体の外のシンプルな環境で、がん細胞を実際に傷害するキラー細胞(NK細胞や、CTL)の戦力を整えてから体内の戻すという発想が生まれました。ここが、免疫細胞療法の原点です。免疫抑制の影響を受けない体外でも、実際にがん細胞を誘導するCTLを増強できないのに、免疫抑制の強い体内に、樹状細胞を投与しても、治療効果を期待するのは、相当な無理があります。